もうすでに夏時間が始まり、日が長くなった。6時ごろ、夕食の支度に取り掛かろうとキッチンに立つとまだ明るく、「ああ、いいなあ」という気持ちになる。夕日の差し込む明るいキッチンでの時間は、どこかとても懐かしい気持ちにさせてくれる。私の作る料理の匂いが、通りの誰かの鼻をくすぐるといいなと思う。
野菜を洗ったお水や、和食の日にはお米のとぎ汁をキッチンガーデンのハーブや野菜たちにかけてやるために裏戸を出ると、まだ暖かい空気が迎えてくれる。この時期は、近所のジャスミンの香りが空気いっぱいに満ちていて、思わず深呼吸する。もう少しこの時間を味わいたくて、沸かしていたお湯のガスを止めて、エプロンのまま裏戸の階段に座り、春という優しい季節を見つめる。
キッチンに戻ると、度々母のことを思い出す。献立の組み立て方、それぞれの料理に使う野菜の切り方。思えば、すべて母の料理を日々食べながら覚えたこと。伝統とは、芸術や文化などの大きなものだけでなく、母から娘が受け取る料理の仕方、心、創意の使い方に息づいている。そういう伝統が、ある意味最も大切だとも思える。なぜならそれが私の生きる力になっているから。
日々料理をすることは、私にとって、母そして家族への感謝の行為である。
春の日に。