風の音が、少し落ち着かない。
目覚め始めた世界の音かな。
新しい季節の到来に喜びを隠せない、そんな正直で素直なところが可愛らしい、自然という生き物の音かな。嬉しくて仕方がない、そんなざわめき。言葉にできるよう、耳に刻み付ける。
今はまだピンク色の気配さえ見せない染井吉野の木が、あと一週間もしたら、わっと、ピンク一色になる。今の時期に木の根元に立つと圧倒的なエネルギーを感じるのは、地面の下で最終準備をしているから。長くて厳しい冬をじっと耐えたのは、これから始まるわずか約2週間のため。花々が咲く瞬間は、何万マイル旅した波が浜辺に打ち寄せるその一瞬のようで、心に込み上げるものがある。本当に美しいと思う。
人工的には再現不可能なその圧倒的な美という感動は、長い冬があったから。それを忘れたくない、いつもそこを想像できる人でありたい。
辛いことも、時には悲しみも、知っているほど自然も人も優しく、美しく、鮮やかになれる。それは、寄り添うこと、分かち合うことができるからだろう。
Communication(コミュニケーション)という言葉には、「伝える」という意味だけでなく、元のラテン語に「分かち合うこと」という意味がある。桜が私たちを慰めるのは、厳しい冬をじっと耐えた桜の木がそんな全ての経験をピンク色の花という作品にして表現し、私たちとコミュニケートするからだ。「冬、寒いの大変だったでしょう」と、その姿で肩を優しく撫でてくれるからだ。だから私たちは、そう言ってくれる桜を見上げ、微笑む。今年も有難う、という。私はそう信じている。
あまり知られていないけれど、桜の花は夜空の下で本当によい香りを放つ。鼻を近づけてみてほしい。あんな香りの気配がある女性になりたい。
*写真はセビリアの春を象徴するオレンジの花。道端にたくさん落ちていたのがもったいなくて、拾って宿に持って帰った。あまり良い写真でないけれど、思い出が詰まっている。